(ナイロビ)- 本日発表の報告書でヒューマン・ライツ・ウォッチは、数万にも及ぶケニア人の女性や少女が、フィスチュラ(産科ろう孔-出産時の医療ミスが原因で膣に穴が開き尿や便漏れが起きる傷害)に苦しんでいると述べた。同時に、この問題に関するケニア政府の失策についても指摘した。
報告書「私は死んだも同然:ケニアにおけるフィスチュラの予防と治療にまつわる障害の実態」(全82ページ)は、フィスチュラを患うケニア人女性が直面している悲惨な状況や、リプロダクティブ・ヘルスに関する政府の政策と女性の日常生活の間の乖離について詳述している。本報告書ではケニアの医療制度の不備について、5つの分野に分けて立証している。その分野とは、①リプロダクティブ・ヘルスと出産に関する教育と情報、②学校における性教育、③(患者の)照会や移送システムを含む救急産科医療へのアクセス、④安価な出産ケアやフィスチュラ治療、⑤医療制度における責任の所在。加えて、フィスチュラ患者が直面する屈辱と暴力についても言及している。
ヒューマン・ライツ・ウォッチ女性の権利局のアフリカ調査員、アグネス・オドヒアンボは「フィスチュラを患う多くの女性や少女が、屈辱やみじめさ、そして暴力や貧困に満ちた生活に耐え忍んでいる」と述べた。「フィスチュラを予防し、女性の健康と尊厳を回復するには、"理論では優れた政策" 以上のものが必要だ。国民すべてに適切な医療を提供するという誓約を政府は守らねばならない。」
フィスチュラのリスクは、まだ体が妊娠に適さない若い少女が早期に妊娠や結婚した際に高まる。閉塞性分娩や帝王切開といった事態になりやすくなるのだが、緊急医療へのアクセスがないと、長時間にわたる分娩が不可避となり、結果、膣組織を破壊し、フィスチュラ(そう孔)とそれに伴う尿失禁を引き起こす。 早期妊娠と出産の原因の一つは、性に関する正確な情報の欠如だ。ヒューマン・ライツ・ウォッチが聞き取り調査を行った少女たちの多くが、生殖過程やリプロダクティブ・ヘルスについて、ほとんど知識を持ち合わせていなかった。
小学校在学時の13歳で妊娠したクワムボカは次のように証言した。「避妊やコンドームのことなんて何一つ知らなかった。一回ためしたら妊娠しちゃったの。避妊用具のことなんて何も分からないわ。」
また、避妊なしで性交渉を持ったものの、初経験、あるいは不規則な月経のために妊娠しないと思っていたと証言した女性たちもいる。
本報告書は、ヒューマン・ライツ・ウォッチが2009年11月から12月にかけて、キスム、ナイロビ、キシー及びマチャコス、及び2010年3月にダダーブの病院で実施した調査に基づいている。調査対象は14歳から73歳までの55名の女性や少女で、53名がフィスチュラを患っており、うち12名は14歳から18歳だった。また、フィスチュラ専門の外科医や看護師、病院の管理責任者、衛生や女性の権利に関するNGOの代表者、政府関係者、医師や看護師らの専門家で形成される団体の代表者、援助国の関係者、国連関係者、初等・中等教育機関の教師にも、同様に聞き取り調査を行った。
前出のクワムボカは、フィスチュラを患った後の人生を次のように語った。「自殺も考えたわ。笑われるから、人と一緒に歩けないのよ。旅行にも行けないし、常に痛くて痛くて...寝ている時でさえね。近づくと尿臭いって、こっちを見ながら低い声で陰口をたたかれるの。死にたいほど辛かった。痛いから働けないし、漏らしてばっかりだから、いつも服を洗ってる。毛布を洗うのが仕事みたいなものよ。」
政府が性教育プログラムを学校に導入したものの、履修科目ではないために、しばしば教師がそれに時間を割いていない現状が今回の調査で明らかになった。
本報告書にはまた、妊産婦ケアやフィスチュラの手術の大きな障壁が、医療費にあることも指摘。フィスチュラに苦しむ女性の多くは貧しく、証言者たちも手術費用の調達がいかに困難かについてヒューマン・ライツ・ウォッチに語った。ケニア政府が診療所や衛生センターで無料の妊産婦ケアを提供し始したことは、大きく評価できる。しかし、これは合併症を発症し、未だ費用がかかる病院でのケアを必要とする女性にとっては、何の助けにもならない。こうした医療費問題により、貧しい女性が適切な妊産婦ケアを受けられずにいるのが現実なのだ。
国立病院は低所得者の医療費を免除することになっているが、今回の調査で、その免除過程に重要な欠点が発見された。具体的には、患者や医療従事者にこの政策の存在が知られていないこと、一部の医療施設が医療費免除に消極的で、故意に患者に知らせないこと、患者の経済状態を算出する基準を含む実施ガイドラインがあいまいなこと、医療費免除を病院が適切に実施しているかを監督する機関の不在なことなどが挙げられる。ヒューマン・ライツ・ウォッチに証言した女性や少女は、誰も医療費の免除を受けていなかった。
前出のオドヒアンボは、「田舎の貧しい、無学の女性や少女が、多くの場合フィスチュラを患うか、妊娠中や出産時に死んでいる」と述べる。「重要な情報や医療ケアは彼女たちの手に届いておらず、このことは医療機会の均等を約束した政府の政策が機能していないことの表れだ。」
医療制度における責任の所在の明確化、現実的で効果的なフィードバックや苦情申立て制度の確立、そのフィードバックを基にした改善の保証などにより、医療制度を大きく改善することが可能だ。現行の意見箱形式は、特に教育を受けていない女性にとっては意味を成さない。本報告書の調査に応えた女性や少女の何人かは、医療施設で虐待を受けながらも、申立て方法を知らなかったり、報復を恐れて陳情をしていなかった。
国際援助機関による援助で、年に数週間いくつかの町に開設される「キャンプ」は、フィスチュラ患者のごく一部に外科手術を提供している。が、たとえ手術が成功したとしても、引き続き家族や地元社会から恥さらしとされる可能性はある。
長きにわたる孤立を経て、多くの女性や少女は地元社会復帰の手助けを必要としている。自尊心と自信の回復、社会的・宗教的生活への参加、生殖能力と正常な性生活の再獲得には、社会的および心理的サポートが必須だ。また、経済的自立のための支援も必要とされている。
ケニア政府は国家ぐるみで、フィスチュラ予防と必要な医療ケア提供のための戦略を策定、実行すべきである。この取り組みには、フィスチュラの原因や、出産を適切な施設で行うことの重要性、フィスチュラの治療が可能であることを、一般に啓蒙するキャンペーンを含む必要がある。政府はまた、包括的な性教育を履修科目に指定し、教師が必ずこれを教えるように差し向けるべきだ。
加えて政府は、通常のフィスチュラ手術に助成を行い、もってアクセスを改善する必要がある。低所得者用の無料手術提供も必要だ。診療所や衛生センターでの出産のみならず、妊産婦の医療ケア一般に費用免除の対象を広げ、また救急の産科医療へのアクセス拡大とその質の向上にも、即座に努めるべきだ。