(ラバト)-モロッコでは少女たちが家事労働に従事し身体的虐待と長時間にわたる低賃金労働に耐えている、とヒューマン・ライツ・ウォッチは本日発表の報告書内で述べた。なかには、8歳の少女さえいる。
報告書「孤独な奴隷たち:モロッコの児童家事労働者」(全73ページ)は、子どもたちが、月給わずか11米ドルで1日12時間無休で懸命に働かされるなどの実態を明らかにした。こうした児童家事労働者の多くは少女であり、一部はヒューマン・ライツ・ウォッチに、雇い主から頻繁に暴行や言葉による虐待を受け、教育は受けさせてもらえず、時に十分な食事も与えてもらえないと話していた。
モロッコ政府は過去10年間、児童労働率を減少させ就学率を増加させてきた。しかし政府は、更に、「雇い主や就職あっ旋業者に刑罰を適用すること」「法定年齢未満の児童労働者を確認し仕事を止めさせる制度を創設・実行すること」「15歳〜17歳の家事労働者の労働条件を監督すること」などの措置をとり、法律を厳格に執行すべきだ。ちなみにモロッコ法は15歳未満の児童家事労働を禁止している。
ヒューマン・ライツ・ウォッチ子どもの権利アドボカシーディレクターのジョー・ベッカーは、「少女たちが搾取・虐待され、低賃金・長時間労働を強制されている。モロッコ政府は児童労働を減らすために重要な対策を講じてはきたものの、そのような扱いを受けている家事労働者の子どもたちをまもり、法律を執行するためには、狙いを絞った取り組みが必要だ」と述べる。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、モロッコの児童家事労働者に関して2005年に初めて調査を行った。その後の追跡調査のための聞き取りでは、家事労働者の子どもの数は近年減少したことを示しており、公教育キャンペーンとメディアの関心の高まりが児童家事労働者の危険についての一般市民の認識を高めたことの効果とみられる。
本報告書は2012年4・5・7月にカサブランカ、ラバト、マラケシュ、シシャワ州のイミンタヌート(Imintanoute)地方で行った現地調査を活用している。ヒューマン・ライツ・ウォッチは、20人の元児童家事労働者、政府当局者、弁護士、教師、NGO代表、国際機関代表などに聞き取り調査している。うち15人の児童家事労働者が12歳になる前に働き始め、4人を除く全員が聞き取り調査時点で18歳未満だった。
聞き取り調査に応じた少女20人のうち大半が雇用主から暴力や言葉による虐待を受けたと話した。一部の少女は雇用主から、手、ベルト、木の棒、靴、プラスチック棒などで殴られたと語った。また3人の少女は雇用主の男性家族から、セクハラや性的暴行を受けたとも話した。
前出のベッカーは「家事労働にいそしむ少女の多くは個人宅で働きながら、助けをどこに求めればいいのかも分からず、悲惨な条件に耐えている」と語る。「モロッコ政府は、雇用最低年齢の15歳に満たない少女に家事労働を止めさせ、15歳から17歳までの少女の労働条件の監視に有効な制度を整備し、児童家事労働者特有の問題である孤立と脆弱性に対処すべきである。」
聞き取り調査に応じた少女のほとんどは、貧しい地方部の出身であった。およそ半数のケースで仲介業者が労働条件について詐欺的な約束をして、少女を大都市で働くようリクルートしていた。
ラティファ・L(保護のために仮名)は、雇用主は「とても優しく」、良い給料をくれると、仲介業者に言われたという。しかし実際は休憩なしで朝6時から夜中まで働きづめで休日もなく、更には雇い主から度々殴られた、と話していた。「働くのは苦ではないわ。でも殴られたり、お腹いっぱい食べられなかったりするのが一番辛かった。」
ヒューマン・ライツ・ウォッチが調査したほぼ全ケースで、元児童家事労働者への賃金は、両親や後見人と仲介業者や雇用主の間で交渉されていた。ほとんどの少女が賃金は直接もらっておらず、両親に支払われていた、と話していた。聞き取り調査をした少女の平均賃金は、モロッコの産業分野における最低月給2,333ディルハム(261米ドル)の1/4にも満たない、月545ディルハム(61米ドル)だった。
モロッコ労働法は労働者に対して週44時間の労働時間制限を設けているが、同法は家事労働者を対象外としている。一部の少女はヒューマン・ライツ・ウォッチに、週100時間以上働いたと話し、聞き取り調査をした20人のうち8人以外は週1日の休暇ももらっていなかった。
聞き取り調査に応じた少女は全員、家事労働者として雇われていた間、学校には通っていなかった。働き始める前に3年生を修了していたのはわずか2人だけだった。
政府統計によれば、モロッコ政府は近年、全体の児童労働率を大きく減少させると共に、学校に通う子どもの数を増加させた。政府の調査によると、あらゆる形態の労働に従事した15歳未満の子どもの数は、1999年の51万7,000人から2011年には12万3,000人に減少している。
ヒューマン・ライツ・ウォッチがNGOと国連諸機関に対して行った聞き取り調査の結果から、最近のデータはないものの、児童家事労働者率は減少しているとみられる。2001年に行われた研究では、家事労働者として働く15歳未満の子どもは、大カサブランカ圏だけで約1万3,500人、全国で6万6,000~ 8万6,000人と推計されていた。政府は現在の児童家事労働者率を測定するため、新たな調査の準備をしているが、まだ完了していないと述べている。
地元団体と国連諸機関は、公教育キャンペーンとメディア報道が、児童家事労働と15歳未満の子どもの雇用を法律で禁ずることへの認識を高める功績があったと評価している。
児童労働を減少させるという進歩はみられるものの、15歳未満の子どもの雇用を禁止する法律は十分に執行されていない。労働監督官は、児童家事労働者を確認するために個人宅に入る権限を持っていない。児童家事労働者を身体的に虐待した雇用主に対する、刑法犯容疑での訴追はまれで、家事労働に最低年齢未満の子どもを雇った雇用主に罰金が科されたことはほとんどない。児童家事労働者は多くの場合、弱い立場の子どもを支援する制度の存在やその制度へのアクセス方法を知らない。
ヒューマン・ライツ・ウォッチはモロッコ政府に次に挙げる取り組みを行い、児童労働に対処する一層の努力を強く求めた:
●すべての雇用に対して最低年齢15歳を厳格に執行すること、15歳未満の子どもを雇用あるいは募集した雇用主とあっ旋業者に刑罰を科すこと
●児童家事労働者に関する公教育キャンペーンを広め、現行法や助けが必要となった際のホットラインへの連絡方法についての情報を含め、一般市民の認識を高めること
●雇用最低年齢に満たない児童家事労働者と、15~17歳の虐待を受けている家事労働者を探しだし、仕事を止めさせる実効力のある制度を創設すること
●児童家事労働者へ暴力を加えた個人に刑法を適用して訴追すること
ヒューマン・ライツ・ウォッチはモロッコ政府に、何年も議論されてきた家事労働に関する法案を採択し、「国際労働機関の家事労働者の適切な仕事に関する条約」に沿った法案とするよう修正することを強く求めた。同条約は2011年に採択され、家事労働者についての国際基準を確立している。
同条約では、家事労働者の労働時間は他の労働者と同等とすべきであること、家事労働者を最低賃金要件適用対象にすべきであることを規定している。しかし、モロッコ政府の法案は家事労働者の労働時間制限を設定しておらず、更に雇用主が産業分野の最低賃金のわずか50%しか家事労働者に支払わなくてもよいとなっている。
モロッコは2011年の「国際労働機関の家事労働者の適切な仕事に関する条約」の採択の際に賛成票を投じているが、これまで批准はしていない。同条約は各国政府の圧倒的支持を受け採択され、2013年に発効する見込みだ。
「モロッコの家事労働者法は、雇用契約や週休といった重要な規定を盛り込んでいるが、労働時間や最低賃金といった面では新国際基準を満たさない。法案を修正して採択すれば、モロッコ政府がこの問題に本気で取り組んでいることを示すことができるし、モロッコの家事労働者の労働条件を改善することにもなるだろう」と前出のベッカーは指摘する。
報告書記載の証言抜粋
「最初、[女性雇い主は]ビンタだけだったわ。でもそのうちプラスチックの水道管を使い始めたの。あの人、私が何か壊したりもめ事に巻き込まれたりした時に叩いたわ。」
-ファティマ・K(9歳の時にカサブランカで働き始めた)
「家は大きいの。あの家にいたら休めないのよ。床の掃除が終わった頃には、奥様からまたそれをやるよう頼まれるの。」
-マリカ・S(11歳の時に働き始めた)
「奥様が旅行に出かけていた時、酔っぱらった息子さんにレイプされそうになったわ。押しのけて逃げて...。警察がどこにあるのか知らなかったけど、雇い主の家の近くにバス停があったの。それでバス停に走って、バスの運転手さんに話したら運転手さんが警察に連れてってくれたのよ。」
-アジザ・S(現在13歳だが9歳の時にカサブランカで働き始めた)
「床の掃除や、朝の仕事とお昼ご飯を料理するまで朝食はもらえなかった。家族が寝るまで夕ご飯は食べられなかった。家族はお昼を食べるけど、私には何も残してくれなかったわ。」
-サミラ・B(10歳の時に働き始めた)
「私の雇い主は親に私が学校に行くのを許すって言ったのよ。でも全然通えなかった。奥様は一度も理由を言わなかった。」
-カリマ・R(10歳か11歳の時に働き始めた)