(ニューヨーク)-中国政府は、数カ月にわたるDV虐待を受けた後に夫を殺害した女性、李彦(Li Yan)に対する死刑判決を直ちに減刑するべきだと、ヒューマン・ライツ・ウォッチは本日述べた。中国の刑事訴追手続きによれば、中国最高人民法院の承認後、李は数日のうちに処刑される恐れがある。
ヒューマン・ライツ・ウォッチは中国政府当局に、家庭内暴力(以下DV)の被害者に対する従前の暴力について、他国でのDV被害者に対する情状の運用を参考に、量刑を検討する際の被告側に有利な事情や減刑要因として考慮するよう強く求めていた。DVを予防、捜査し、被害者へのサービスを提供する総合的なDV法のないことが、DVの蔓延の原因のひとつとなっている。
ヒューマン・ライツ・ウォッチ中国部長のソフィー・リチャードソンは「李彦のために、夫の虐待を捜査したり、虐待から彼女を守ったりするためには何の行動も起こさないでおいて、死刑を宣告する政府は残酷で屈折している」と指摘。「DVの被害者は、正当防衛のために暴力手段に訴えざるをえない場合もあることを、中国の司法制度は考慮する必要がある。」
四川省出身の李彦は2010年11月、夫の譚勇(Tan Yong)を激しい口論の末に殺害した。弁護士によれば、李は譚に蹴られ、空気銃で撃つと脅された際、その銃を奪って撃ったのだそうだ。李はその後、譚の遺体をバラバラにした。
李と譚は2009年3月に結婚。譚は直後にDV虐待を始めた。李の弁護士と兄弟によれば、譚は殺害される数ヶ月前から李に、殴る蹴る、日中に食事や水を与えずに家の中に閉じ込める、冬も含めて夜間に家のバルコニーに閉め出す、タバコの火を顔や足に押し付けるなどの虐待を加え、一度は髪の毛を掴んで3階の高さの階段から彼女を引きずり落としている。李は2010年8月初旬以来、警察や近所の人びと、政府組織である中華全国婦女連合会(All-China Women’s Federation 、以下ACWF)に、譚の虐待について繰り返し訴えていた。警察記録、病院記録、目撃証言、怪我の写真、ACWFへの告訴状などの虐待の証拠は法廷に提出された。警察もACWFのどちらも、譚に対する被害届を捜査しなかった。李の兄弟によれば、警察は李に、「家族の事」であり、地元の隣人から助けを求めるべきだと伝えた、と言われる。
しかし資陽市中級人民法院は、李がDVに苦しんでいたことを立証する十分な証拠はないと結論づけた。李が怪我をしたという事実を裏付ける目撃証言は、全て彼女の家族や友人からのものということ、更に李が虐待を訴え出ていた当局が、譚が虐待を行っていたのを捜査し確認するための行動を起こさなかったということ理由に、裁判所はDVが行われたという事実は明らかとはいえないと判断、彼女を「故意殺人罪」で有罪とし、「殺人は残虐な手法で行われ、その結果は重大であった」ので、死刑に処することを必要とする判決を下した。
高級人民法院も2012年8月にその判決を支持、李の裁判は最高人民法院に移された。本件に通じている弁護士によれば、最近最高人民法院は死刑を承認したものの、執行命令はまだ出していない、という。命令が出てしまえば、李は7日以内に処刑される。
彼女の事件と判決が市民に知られることとなった最近数週の間に、弁護士、学者、一般市民400人近くが、処刑の停止を求める陳情書に署名をした。それとは別に8,000以上の人びとが11月7日以降、DV法の制定を求める陳情に署名している。2013年1月に公表された中国政府の統計によれば、中国人女性の4人に1人が、夫婦間レイプや暴行などのDVを受けている。2000年以降中国全域の地方政府は、DVに関する地方条例を制定してきた。しかしそれらの条例は一般的原則を謳うだけで、DVから女性を実際に保護する具体的な規定を備えていない。李彦が暮らしていた四川省のDV条例は、被害者に対する保護命令を規定していない。
DV法の制定を求める世論の増大に押されて、最高人民法院は独自にその問題への調査を開始した。2013年1月に公開されたその調査結果は、現行の法律や規則では、女性をDVから守るのに不十分である、とした。最高人民法院によれば、捜査や訴追が開始される条件を定める明確な基準がないためにこれらが行われることは稀である、とする。また、そうした事件が法廷に持ち込まれても、裁判官はDVを夫婦間紛争として扱い、虐待を行っていた者に軽い処罰しか言い渡さない傾向にある。最高人民法院の調査は、女性が暴力に暴力で応じた場合、法執行官は虐待が行われていたという主張を軽視し、刑を言い渡す際にそうした事情を考慮しない傾向も指摘した。
政府運営の中華全国婦女連合会(ACWF)は2008年以降、中国の立法府である全国人民代表大会に、DVに対処する法律を起案するよう勧告してきている。しかしそのような法案作りの検討作業に入ったという声明が2012年初めに出された以外、その詳細や時期、或いはその法案がいつ議論されたり完成するかといった事に関する政府からの情報は全くない。
女性の権利を保障する複数の国際条約の締約国たる中国政府には、DVとその結果女性に生じた事項について対応するために、実効ある措置を取る義務がある。それらの措置は、「刑事罰、民法上の救済手段、補償規定などを含む、実効ある法的措置」、「男性と女性の役割と地位についての考え方を変える、一般市民への情報と教育を提供するプログラムを含んだ予防措置」、「シェルター・相談・社会復帰・支援などのサービス提供を含む保護措置」を盛り込んでいなければならない。国連の「女性に対する暴力に関する立法」ハンドブックに詳述されている実施基準に沿って、中国は包括的なDV法を成立させるべきだ。
ヒューマン・ライツ・ウォッチの死刑に対する立場は、取り返しがつかず非人道的な性質の刑罰であり、いかなる場合でも行われるべきでない、というものである。世界の国々の過半数が死刑を廃止している。国連総会は2007年12月18日、死刑執行を世界全域で停止することを求める決議を、大差の多数で採択している。
前出のリチャードソン部長は「李彦を処刑しても、この恐ろしい事件に関して法の正義を実現することに全くならない」と指摘。「そればかりか、中国全域でDVに耐えている人びとに、DVは処罰されないというメッセージを送ることになり、事態を悪化させてしまう。」