(ブリュッセル)西バルカン各国のジャーナリストたちは、敵対的な環境での活動を強いられている。この現状は、民主主義社会の基本である、批判的かつ独立した報道を行なう力を削ぐものだ、とヒューマン・ライツ・ウォッチは本日発表の報告書内で述べた。ボスニア・ヘルツェゴビナ、コソボ、モンテネグロ、およびセルビアの関係当局は、マスメディアにとり安全な活動条件を整え、ジャーナリストに対する犯罪の不処罰を終わらせるべく、速やかな対策を講じるべきだ。
報告書「困難な職業:攻撃される報道の自由」(全69ページ)は、ボスニア・ヘルツェゴビナ、コソボ、モンテネグロ、セルビアでジャーナリストに対して横行する、殺害予告や懲罰的な訴訟といった、物理的な攻撃および脅迫、そして中傷キャンペーンを調査・検証したもの。本報告書は、これら西バルカン4カ国で戦争犯罪や汚職といった難しい問題を主に報道している、86人のジャーナリストへの聞き取り調査を基にしている。加えて、政府に批判的なオンライン・メディアに対するサイバー攻撃についても、何件か調査・検証した。いずれの国も、ジャーナリストに対する攻撃を十分に捜査あるいは訴追しているとは言えないのが現状だ。
ヒューマン・ライツ・ウォッチのバルカン半島・東欧担当調査員リディア・ガルは、「西バルカン諸国はこの20年間、民主化への取組みを主張してきた。しかし、ジャーナリストに対する脅迫や攻撃は民主主義を脅かすものだ」と指摘する。「欧州連合(EU)はこれらの国に対し、EU加盟手続きをめぐる交渉の一環として、ジャーナリストに対する脅迫の停止と犯罪の訴追を強く要求すべきだ。」
西バルカン各国の関係当局には、ジャーナリストを保護し、政府の介入なしに自由な報道ができる安全な環境を確保する義務がある。この地域では、当局がマスメディアをプロパガンダの道具にした暴力的な紛争の記憶がまだ新しい。このような不安定な地域において、報道の自由の確保は特に重要だ。多くの変化が訪れた一方、当該地域の多くでは依然として危険と敵意に満ちた空気がマスメディアを包んでおり、民主主義発展の恩恵を受けた改善はみられていない。
ボスニア・ヘルツェゴビナ南部に拠点を置くオンライン報道サイトのステフィサ・ガリッチ編集長は、死亡した夫についてのドキュメンタリー上映を準備していた矢先の2012年に、路上で激しい暴行を受けた。ふたりは戦時中、強制収容所に移送されそうになったボスニア系イスラム教徒を救出する活動に従事していた。ガリッチ編集長は、事件の数日前にうけた複数の殺害予告を警察に伝えていたが、予告を意に介さないように言われていた。
当局は国際機関の介入を受けて初めて、当該事件を捜査。2013年10月になりようやく、地元政府勤務の女性が3カ月の執行猶予つき有罪判決を受けた。当該事案は現在、控訴手続き中だ。ガリッチ氏は今も頻繁に脅迫を受けている。
本報告書においてヒューマン・ライツ・ウォッチは、ボスニア・ヘルツェゴビナ、モンテネグロ、セルビアにおいて、モンテネグロのミロ・ジュカノビッチ首相およびボスニア・ヘルツェゴビナ・スルプスカ共和国のミロラド・ドディク大統領を含む政府高官が、民事裁判所にジャーナリストや報道機関を名誉毀損で告訴している一連の動きについても、詳しく調査・検証した。これらの訴訟は、政府に批判的なマスメディアを財政的に罰し、かつジャーナリストを報道現場ではなく裁判所に足止めしておくための試みのように見受けられる。
繊細な問題を扱うジャーナリストたちが、親政府系マスメディアの中傷キャンペーンの標的にされている。ある親政府系日刊紙は、コソボのジャーナリスト1人をセルビアのスパイと非難。地元政府が選挙公約を実行したか否かを報道したことで、彼女は「自らの寿命を縮めた」と言った。
女性ジャーナリストたちは、性的に露骨な言葉を用いた侮辱的なニュースの題材にされてきた。モンテネグロのある親政府系新聞は、1人の女性ジャーナリストを「売春婦」と表現した。また、セルビアで時事を扱う複数のテレビ討論番組は、ジャーナリストが「政治エリートからの圧力」とする理由により、放送中止以外ほぼ選択肢のない状態に追い込まれた。セルビアとボスニア・ヘルツェゴビナにおける政治的干渉には、政府に批判的な報道に端を発した報道機関に対する恣意的な財政・行政検査などもある。
これら西バルカン4カ国は、EU加盟をめぐる交渉において様々な段階にいる。加盟国として認められるためには、表現の自由の尊重を含む加盟国としての一定基準を満たす必要がある。
前出のガル調査員は、「もしEUが自らの加盟国資格を重要視しているのであれば、ボスニア・ヘルツェゴビナ、コソボ、モンテネグロ、セルビアとの交渉において、報道の自由の尊重を優先事項にすえるべきだろう」と指摘する。「4カ国がEUに加盟したいのであれば、自国で活動するジャーナリストが、報道のために命や評判を危険にさらさねばならないような現状が許されてはならない。」