(ニューヨーク)―「香港特別行政区における国家安全保護に関する法律制度」(以下、国家安全法制)を香港に導入するという中国全国人民代表大会の決定は、香港市民の基本的権利および自由を脅かすものだ」とヒューマン・ライツ・ウォッチは本日述べた。全人代が成立させることが確実視される同法は、中国政府が本土において平和的な反対意見を処罰するために頻繁に適用してきた「国家分裂、中央政府転覆、外国介入、テロリズム」等、あいまいな文言で定義された行為を禁じることになる。
ヒューマン・ライツ・ウォッチの中国担当部長ソフィー・リチャードソンは、「新しい国家安全法制は、香港が1997年に中国へ返還されて以来、もっとも深刻な人権への打撃となろう」と述べる。 「香港市民は、抗議行動や発言、公職への立候補、そして長い間享受しまた守ろうと平和的に闘ってきた自由を行使すれば、逮捕や重い判決のリスクを念頭に置かなければならなくなる。」
全人代の決定により常務委員会の法案起草が承認された。それは香港の憲法に相当する香港基本法の付属文書IIIに追加される。そして香港政府が同法を公布して施行されることになる。
国家安全法制を香港基本法の付属文書IIIに直接加える決定は、人権上の重大な懸念だ。 香港の「一国二制度」という憲法上の取り決めは、中国本土の国内法が香港には適用されないことを意味する。基本法第18条は全人代常務委員会が附属文書IIIに法律を追加する権限を与えてはいるが、法律は立法又は公布プロセスを踏まなければならないとする。
立法とは、討論・改正・投票を司る香港立法会(LegCo:香港の準民主的立法議会)に香港政府が法案を提出し、基本法が保障する国際人権基準に準拠しているかどうか等を検討することを意味する。法律の公布とは、行政長官が政府官報で法的告知を発行することで、当該中国法が一語一句そのまま適用されることを意味する。香港で刑事罰を含む中国国内法が公布を通じ、立法プロセスなしに導入されるのは今回が初めてだ。
香港政府は2003年にも国家安全法制を導入しようとしたが、大規模な抗議活動を受けて法案の撤回に至った。 全人代は今回の決定について、立法会による民主的か監視を避ける意図があることを明確にしている。
全人代の今回の決定が憂慮される理由には、基本法第18条が附属書文書IIIへの中国国内法の追加を次のように定めていることもある。「国防および外交関連、ならびに当該地域の自治の範囲外である事項に限られるものとする 。」
基本法および香港返還時のイギリス・中国の二国間条約のもと、香港は「高レベルの自治権」を保持している。香港政府は、国防および外交以外のすべてに管轄権を有する。基本法第23条により、香港政府は破壊的な行為を禁ずる「独自法の制定」をすることができるとされており、香港の治安維持に関する立法権が全人代常務委員会ではなく香港政府にあることを示唆している。
全人代常務委員会の審議は6月下旬に予定されている。中国本土の報道によると、立法化には3回の読会が必要なため、国家安全法制の発効は早くとも11月頃になるとみられる。
また、国家安全法制は「国家の安全保障」のために中国政府による「関連」機関の設置が香港で可能になると、今回の決定で述べられている。詳細はほとんどないが、これは国家安全保障省や国家安全部など、中国本土で恣意的拘禁や拷問などの人権侵害で知られる諸機関が香港でも展開できるような出先機関設置を意味する。
加えて、複数の中国政府に近い筋によると、当該法により「カラー革命」に関与していると中国政府が指定した「外国の集団または組織」を香港政府が禁じられる。中国政府に批判的な集団に適用できるあいまいな文言が新たに加わることを意味する。また、こうした集団や組織で働いている、あるいはこれらから資金を受け取っている人びとの香港入境が拒否される可能性も出てくる。
中国政府は「国家安全保障」を広く概念しており、基本的人権を行使し、それらを平和的に擁護する活動家や人権弁護士、学者、少数民族、ネチズンなどの市民が「国家転覆」「動乱扇動」「分離主義」「国家機密の漏えい」といった罪で、何年もの間、時として生涯にわたり拘禁・投獄されている。
香港の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は、全人代の決定に「全面的に従う」という声明を発表した。当該法案にはすでに反対の民衆運動がおきている。公布後でも、法廷で争われる可能性がある。
中国政府は国内の司法権を掌握しているものの、香港には独自の法制度の下、司法は独立を保ち、極めてプロフェッショナルと長い間評価されてきた。政治的訴追案件が増えていた香港の司法制度に、今後、国家安全法制度がさらなる負荷となろう。国家安全法制は基本法が謳う人権保護と食い違うため、同法に関する訴訟は、裁判官の独立に対する挑戦となる。
国家安全法制のような重要法で中国政府の意向に反する司法判断がでれば、香港の司法プロセスに対する本土の介入に繋がる可能性がある。2016年にあったように、中国政府が同法の「解釈」を示し、香港司法の独立性がさらに損なわれるかもしれない。
4月中旬以降、新型コロナウイルス感染症危機のなかでも、中国政府と香港当局は香港の民主運動に対する攻撃を強め、中国政府が香港統治を直接的に進める姿勢をエスカレートさせてきた。
各国政府は香港市民の権利を守るために具体的な行動をとるべきだ。最近香港にでおきた人権侵害や、将来国家安全法制度の下でおきる人権侵害の中国政府および香港政府の責任者に対し、渡航禁止および資産凍結の制裁措置を発動するべきだ。また各国政府は、人権を行使ゆえに報復される香港市民に対し、安全な避難場所を提供すべきだ。
リチャードソン中国担当部長は、「中国政府が本土と香港において人権違反を加速している間に、各国政府は香港の自由を支持するという言葉以上の支援をほとんどしなかった」と指摘する。「新型コロナウイルス感染症という隠れみのの下で、国家安全法制を香港に導入してしまおうという中国政府に対し、国際社会の強力な行動が強く求められている。」