外務省の謳う「人権外交」と矛盾
10月のニュースと言われて、何を思い出しますか?ほとんどの人は、ラグビーワールドカップや台風19号による壊滅的な被害、あるいは天皇陛下の「即位の儀」などではないでしょうか。
これらは言うまでもなく大事な出来事です。しかしながら、もうひとつあまり報じられなかった重大な出来事があります。それは、安倍首相が戦争犯罪の疑惑がある人物と東京で会談を行ったことです。
その人物とは、ミャンマー軍のミン・アウン・フライン最高司令官です。同氏は2018年に国連が派遣した事実調査団により、ラカイン州で少数派ロヒンギャ・ムスリムに対する戦争犯罪、人道に対する罪、およびジェノサイド罪に関し「捜査および訴追」されてしかるべき人物であると結論付けられています。
防衛省の発表によると、安倍首相は「ラカイン州の人権侵害疑惑について,独立調査団の提言を受けて、ミャンマー政府及び同国軍が適切な措置を速やかに取るよう促し、貴司令官が指導力を発揮し最大限取り組むよう」ミン・アウン・フライン最高司令官に求めました。しかし、ミャンマー政府が設置した「独立調査団」が独立性に著しく欠けることは語られなかったうえ、ミャンマー軍の残虐行為をめぐり、真に独立かつ公平な捜査を実行すべく、国連および関係各国政府が継続的に努力していることについては言及しなかったようです。(参照:防衛省、ヒューマン・ライツ・ウォッチ)
国連の事実調査団以外にも、ミン・アウン・フライン最高司令官はロヒンギャを超法規的に殺人したということで、今年7月に米国政府から制裁を受けています。このような人物を日本が外交的に厚遇したことは、外務省が謳う人権外交を裏切る行為でもあります。(参照:外務省)
過酷な暮らしを強いられるロヒンギャ
2017年8月、ミン・アウン・フライン最高司令官は悪名高き2つの部隊をラカイン州に派遣しました。この2つの部隊は74万人超のロヒンギャが国外に脱出する結果となった大規模な民族浄化運動を主導し、 現在も100万人近いロヒンギャが、バングラデシュの洪水が起きやすい危険地域にある難民キャンプに、過密状態で暮らしています。 ミャンマー国内でも60万人が、移動の自由や基本的権利を認めない地方自治体や治安部隊による監視のもと、避難民キャンプや村々に閉じ込められた状態にあります。
昨年、国連のミャンマー事実調査団は、政府軍によるロヒンギャへの暴力行為がミン・アウン・フライン最高司令官の命令により実行されたと結論づけました。ジェノサイドの意図があったという結論に至る過程で、事実調査団はミン・アウン・フライン最高司令官の声明およびソーシャルメディアへの投稿を分析しました。 たとえば、国の「ベンガリ問題」を「解決」するといった宣言がそれにあたります。調査団は、「ミャンマー治安部隊が、自らの役割をめぐり憂慮すべき差別的な見解をもっていること、そして、国際人権法の中核的な原則のひとつである差別なき平等な保護を無視していること」があきらかになったと結論づけました。
見て見ぬ振りをする日本政府
独立系人権団体やメディアもミャンマー軍の残虐行為をめぐり、数々の証言などを入手しています。ところが日本政府は、ミャンマーにおいて重大犯罪をおかした個人の責任を問う国際的な努力への協力体制、とりわけ国連の新たな独立調査メカニズムの支援に消極的です。
例えば、最近行われたジェネーブでの国連人権理事会では、ミャンマーの人権状況について決議が取り扱われましたが、そこで日本は再び棄権しました。その後、日本の棄権を受けて、ミント・トゥ駐日ミャンマー大使は感謝の意を示したのです。
では、なぜ日本政府はミン・アウン・フライン最高司令官のような人物を日本に招待したのでしょうか。ひとつの答えは、日本の対中国政策にあります。ミャンマーを含む東南アジアでは、日本と中国の投資による競争が行なわれており、中国は年を追うごとに経済的なプレゼンスを高めています。実際に、今年7月には中国がミャンマーへの投資で日本を上回っています。(参照:日本貿易振興機構)
競争が激化する中、ミャンマーに対して政治的な批判をすれば、ますます中国に傾いてしまうのではないか。日本は官民一体となり、ミャンマー政府のご機嫌を取りつつ中国との競争を最優先事項とし、ロヒンギャの人権をないがしろにしているのです。
例えば、今年7月以降、ミャンマーでのビジネスチャンスに特化した4つの投資フォーラムが日本で開催されました。すべてのイベントが日本貿易振興機構(JETRO)により主催あるいは後援されるものでした。 10月21日に東京の明治記念館で行われた「第2回ミャンマー投資カンファレンス」では、数百人の参加者がミャンマーの事実上の指導者アウンサンスーチー国家顧問兼外相を大きな拍手で迎えました。
「日本をはじめとする世界各国の友人から引き続き支援と理解を得られるよう、心から望んでいます」と同氏はスピーチで語りました。しかし、去年の投資カンファレンスと同様、氏がバングラデシュの難民キャンプやラカイン州に閉じ込められているロヒンギャの苦難について口にすることはありませんでした。
経済優先で人権侵害に加担
短期的に考えると、ミャンマーを含む東南アジアの人権問題を指摘せず、日本企業や投資家を東南アジアの市場に食い込ませることは、有益であるようにみえるかもしれません。
しかし、長い目で見れば、人権侵害に加担する政府の民主化を妨害するだけで、地域全体に人権侵害を蔓延らせることを助長してしまいます。
これらは、外務省が謳う「人権外交」が茶番にすぎないことを証明しています。しかし、新たな国連調査メカニズムを支援し、ロヒンギャのための法の裁きを追求することで、誤った軌道を修正していくことは可能です。例えば、11月に開催される国連総会第3委員会などを皮切りに、ミャンマー関連の決議に賛成票を投じるべきです。
また、日本政府は今後、決して、少数民族の殺人、レイプ、大量追放を率いた軍の指導者を東京に迎い入れるべきではありません。ミン・アウン・フライン最高司令官の行くべき先は国際刑事裁判所であり、ロヒンギャに対する自らの加害行為について法の裁きを受けるべきなのです。日本の指導者たちによる「おもてなし」には値しません。 <文/笠井哲平>
笠井哲平
かさいてっぺい●’91年生まれ。早稲田大学国際教養学部卒業。カリフォルニア大学バークレー校への留学を経て、’13年Googleに入社。’14年ロイター通信東京支局にて記者に転身し、「子どもの貧困」や「性暴力問題」をはじめとする社会問題を幅広く取材。’18年より国際人権NGOヒューマン・ライツ・ウォッチのプログラムオフィサーとして、日本の人権問題の調査や政府への政策提言をおこなっている