(ニューヨーク)―カンボジアでますます強まっている独裁的な一党支配を支えているのは、重大かつ体系的な人権侵害の責任者である治安部隊の将官たちだ、とヒューマン・ライツ・ウォッチは報告書「カンボジアのダーティーな12人:フン・セン政権下の将官たちによる長い人権侵害の歴史」のクメール語版(全284ページ)発表にあわせて述べた。これら将官とその家族は説明がつかないほどの富を蓄えていることを示す動画も同時に公開している。
2018年に英語版の本報告書が発表されて以来、フン・セン首相と与党カンボジア人民党(CPP)は、陸軍、憲兵隊、警察の高官たちによる揺るぎないサポートを背景に、政敵をすべて効果的に排除したすえ主要野党も解散させ、2018年7月の国政選挙を無意味なものにした。カンボジアでは現在、50人以上の政治犯ほか数十人が訴追されている。
本報告書は人権侵害的かつ権威主義的な政治体制の中核をなす12人の治安担当高官に焦点を当てたもの。発表された2018年以来、12人のうち3人が昇進し、1人は死亡した。
これら高官は、20年以上前からフン・セン首相と政治的・個人的に強いつながりを持ち、高い地位と有利な立場を享受してきた。そしてフン・セン首相に代わって権利を濫用する意思を隠すこともない。公に仕える代わりに、もう35年超になるフン・セン首相の支配を守ることに専念してきた。12人のキャリアは、これまでずっと控えめな給与の公職であったにもかかわらず、説明できないほど膨大な富を築いている。
ヒューマン・ライツ・ウォッチのアジア局局長ブラッド・アダムズは、「フン・セン首相は長年にわたって、彼の命令を無慈悲かつ暴力的に実行する治安部隊の中心層を形成・発展させてきた」と指摘する。「こうしたカンボジアの将官たちの重要性が、この2年間にあった報道関係者や政敵、反体制派の抗議者たちに対する大規模な取締りで、より際立つようになってきた。」
ヒューマン・ライツ・ウォッチは、フン・セン首相の著しい人権侵害記録を長らく文書化してきた。これまで30年以上にもわたって、何百人もの野党政治家、報道関係者、労働組合の指導者などが、政治的な動機に基づく襲撃で殺害されている。多くの場合、こうした殺害の責任を負うのは治安部隊関係者だったことがわかっているが、信頼できる捜査や訴追には至らず、もちろんいかなる有罪判決も下されていない。実際に手を下した者が訴追された例も一部にはあるが、命令を下した側は無傷のままだ。治安部隊は人権活動家や労働運動家、土地の権利活動家、ブロガー、ほかオンラインで自らの意見を表明した人びとなど、多くの政府批判者たちに対し、恣意的に逮捕や暴力、嫌がらせ、威嚇を行っている。
フン・セン首相は、公に仕えるはずの軍隊、憲兵隊、警察機関の関係者を忠誠心に基づいて昇進させることで、自らの抑圧的な支配をかためてきた。
本報告書は、1970年代後半から現在に至るまで、カンボジアで人権侵害に関与してきた治安部隊高官12人の責任について詳述。以下に各高官の2018年当時の肩書きおよび現在までの変更をまとめた。
- Gen. Pol Saroeun, Supreme Commander of the Royal Cambodian Armed Forces (RCAF):
2018年9月、VongPisen将軍が後任としてRCAFの最高司令官に就任。自身は現在は特別任務担当上級大臣。 - Gen. Kun Kim, Deputy Supreme Commander of RCAF and Chief of the RCAF Mixed General Staff:
2018年9月、Ith Sarat将軍が後任として、RCAF最高司令官代理およびRCAF混合参謀に就任。自身は現在、特別任務担当上級大臣、国家災害管理委員会第1副委員長、およびカンボジア退役軍人協会事務局長を兼任。 - Gen. Sao Sokha, Deputy Supreme Commander of RCAF and Commander of the Royal Khmer Gendarmerie (GRK):
現職のまま - Gen. Neth Savoeun, Supreme Commissioner of the Cambodian National Police:
現職のまま - Lt. Gen. Chea Man, Deputy Commander of the Army and Commander of Military Region 4:
2018年10月23日に死亡、PeouHeng中将が後任として就任。 - Lt. Gen. Bun Seng, Deputy Commander of the Army and Commander of Military Region 5:
2019年3月1日に国防省長官に昇進し、第5軍司令官にはEkSam-aun中将が後任として就任。 - Lt. Gen. Choeun Sovantha, Deputy Commander of the Army and Commander of Military Region 2:
現職のまま - Lt. Gen. Chap Pheakdey, Deputy Chief of the RCAF Joint General Staff and Commander of Special Forces Paratrooper Brigade 911:
現職のまま - Lt. Gen. Rat Sreang, Deputy Commander of the country-wide Gendarmerie and Commander of the Phnom Penh Gendarmerie:
現職のまま - Gen. Sok Phal, Deputy Supreme Commissioner of National Police and Supreme Director for Immigration:
2018年9月に内務省長官代理に昇進し、入国管理局局長にはKirth Chantharith将軍が後任として就任。 - Gen. Mok Chito, Deputy Supreme Commissioner of National Police and Secretary-General of the National Anti-Drugs Authority:
現職のまま - Gen. Chuon Sovan, Deputy Supreme Commissioner of National Police and Commissioner of the Phnom Penh Municipality Police:
2018年9月に国家薬物対策局副局長に任命された。国家警察長官代理およびプノンペン市警察署長にはSar Thet中将が後任として就任。
これら高官は、政党ではなく国を代表する法的責任を負い、公平かつ中立的な方法で職務を遂行しなくてはならないが、全員が公然と非常に党派的なやり方で行動してきた。いずれも与党カンボジア人民党の最高政策決定機関である中央委員会の一員だ。同委員会会員は党の全方針を遂行するよう義務づけられている。これは治安部隊関係者が政党を自由に選んで投票し、個人意見を表明する権利を保護する国際人権基準に矛盾する。公職者は職務遂行に際して党派的であったり、1つの党を優先させてはならないからだ。
フン・セン首相と同じく、高官の一部はかつてのポル・ポト政権(1975年4月〜79年1月)の関係者でもある。同体制下では120〜280万人とも言われるカンボジア市民が犠牲になった。
フン・セン首相は1985年に就任した。2015年からは、1979年以降、与党の座を維持してきたカンボジア人民党の党首でもある。現在、世界でもっとも長く独裁の座にある5人のうちの1人となった。公の場では自らを三人称で語り、数百もの学校(その多くは寄付金で成り立っている)に自身の名を冠するなど、個人崇拝を確立しようとしている。クメール語によるフン・セン首相の正式な称号は「Samdech Akka Moha Sena Padei Techo Hun Sen」であり、文字通りに翻訳すれば、「君主にふさわしく誇り高い、栄光勝利軍の最高に偉大な司令官」だ。これまでに自らを「永遠の五つ金星元帥」と呼んだこともある。
アダムズ局長は、「独裁者が頂点に到達しそこにとどまるには、無慈悲な側近たちのサポートが欠かせない」と指摘する。「フン・セン政権の根底には、カンボジア市民を虐待し、威嚇してきた将官による中核集団が存在する。彼らはフン・セン首相が35年間の支配を通じて示してきた多元主義および民主主義への軽蔑を同様に抱いている。将官たちは上司であるフン・セン首相同様に、犯した罪を非難され、かつ責任を問われなければならない。」